arT’vel -Review- : art × Travel/旅×アート レビュー

ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

新国立劇場バレエ「ドン・キホーテ」:「日本のバレエ」のデフォルト

6月22日、新国立劇場バレエ団「ドン・キホーテ」初日、米沢&福岡組です。
いやもう、天晴というかなんというか。
終わってしばらくぼーっとしていました、いろいろな意味で。

米沢さんの盤石のテクニックはわかっていましたが、福岡君がキレッキレ!
本当にこの人バジル役が好きなのね。
王子というよりは体育会RPG戦士系でなーんか垢抜けない感じもある福岡くんでしたが、身体を絞ったのか体型(特に腹回り)がスッキリして、まあ飛ぶわ跳ねるわ、元気で弾けまくりのバジル!
米沢さんの勝気な可愛らしいキトリと共に、熱いカップルでした。

またとにかく舞台の隅々まで人が生き生きしている。
これまでもずっと「すごいな、上手くなったな」と思っていた舞台上の小芝居に、さらに磨きがかかり、かといって舞台を邪魔するでもなく、自然でうるさくない。
それがすごく舞台上の世界に深みを与えていて、物語の世界にぐっと奥行き感を増すんですね。
「マノン」のような元々物語性が強く、芝居を必然要求されるバレエだけに限らず、オーソドックスな古典でもこういうことができるようなったとは!
何年か前に観た同じプロダクションとは思えない、格段の進歩です。

ここしばらく新国のバレエを見て、踊りの丁寧さやきちんと揃うコールドはもちろん、「行間」や「間」の見える演技や、周りの“その他大勢”も含めた小芝居といった、丁寧で心理描写の一つひとつまでがきめ細かいのが日本人らしい表現方法で、またそれが日本のバレエの良さではないかと思っていましたが、まさにその「日本のバレエの良さ」のデフォルトがこれかと、今回はしみじみ思いました。
バレエはキレイに美しく踊るのはもちろんですが、特にプロの全幕物はそれだけではもうダメ。
いわば「仏作って魂入れず」「踊りだけで魂入れず」では手を合わせて拝めない。
どんな端役でも、そこに踊り手の魂が入り、心から演じ、舞台で「生きる」ことができてこそ、またそれを観客に真剣に伝えようと思ってこそプロの全幕舞台ですし、だから面白いし、感動し、何度も通いたくなるわけです。

そんなわけで、今日は米沢&福岡の主演コンビはもとより、山本キホーテ&吉本サンチョも、古川ガマーシュに輪島父ちゃんもみんな素晴らしかった。

特に山本さん。
先日おけぴネットのリハーサルレポでもあったように「歳を重ねたからこそ、こういう役ができるようになった」という、山本さん的には初のキホーテ役でしたが、なんとまあ威厳と誇りと大いなる妄想を抱き、しかし毅然と己を貫く不思議なご老公であることか!
庶民が集い賑わうバルセロナの街に現れた山本キホーテの異質感ってったら!
お見事としか言い様がない。

相変わらず吉本さんは良い味出してて、歩くと効果音がしそうなチャーミングなサンチョです。
この人はホントに視線が客席に向いている。
イトオシイです。
ラヴリーです。
吉本さん、好きだー♪

また輪島父ちゃんの短気な頑固親父っぷりも、なかなか気に入りました。
金属トレイを床に投げつけるんだもの!
何が起こったのかと思いましたし、その後の米沢キトリや福岡バジルとの掛け合いもとても面白い。
古川ガマーシュも妙に素っ頓狂で、なーんかこの人もキホーテ様とはまた違った次元のところにいるんですよね。

さらに今日のエスパーダはマイレンですよ!
俺様全開のドヤ顔エスパーダ!
さすがマイレン、炸裂してます!

しかも今日の闘牛士の一団はカポーテ捌きが実に鮮やか!
リバーシブルの赤と黒、俺様エスパーダ様の白と赤の、翻るカポーテのコントラストの美しさったら…!
マジ泣けます、見事すぎて。
こんなふうに踊れるようになったのか、男の子たち…・゚・(つД`)・゚・

2幕の酒場のシーンもまた、小芝居が自然に効いている。
実に自然に酒を酌み交わし、騒ぎ、おしゃべりに勤しんでいる…と思ったら、いつの間にか音楽に合わせてみんなで机を叩いている。
この流れは何なの!?

「行間」で「間」で、そして……「和」か!

バレエ団としての息が合わなければ絶対にできないであろう、この流れ。
本当に「日本人らしい」芸術的舞台です。

熱いキトリの米沢さんですが、ドルネシア姫は打って変わってたおやか。
老人の夢のお姫様だから人間味とは違うところにいる、でも手が届きそうだけれど、でも「いやいかん、触れてはいかんのだ」というオーラを放つ姫です。
無表情なのに表情豊か…とでもいいましょうか。
ドルネシア姫をこんなに真剣に見るドンキって、あんまりなかったかもしれない。

3幕のグラン・パ・ド・ドゥはもう、圧巻の一言。
昨年のイワキ・ガラでも唖然させられた米沢さんですが、この日もまた涼しい顔して扇を使った余裕のグランフェッテです。
福岡くんもますますトップギアでまあ二人共魅せる見せる。

新国ダンサーとしてのラスト・ランに入った厚地君も、この日は3幕で湯川さんとのボレロ
クリアな透明感の中に色香が漂う素敵なボレロで、厚地君は組むお相手によって本当にいろんな色が出る人だなぁとしみじみ。
万華鏡のようですね。
こういう人って、やっぱりあまりいない。
肩が提灯袖いうのかパフスリーブいうのか、いわゆるオーソドックスな王子衣装がまた似合ってて、この人は本当に王子を踊るために生まれてきた人だとしみじみ思いました。
未練がましく言わせてもらえば、本当は厚地君のエスパーダも観たかったです。
嗚呼…(涙目)

というわけで、なんと見応えのあったドンキであることか。

惜しむらくは、新国の魅力が小芝居を含めた演技にもあるのなら、最後まで全員が舞台に登場できる、そしてカーテンコールも大勢の登場人物勢揃いで賑やかに終われるプロダクションであればよかったのに、ということです。
せめてカーテンコールに父ちゃん、ガマーシュ、キトリのお友達にエスパーダと踊り子は出てきてほしかったなぁ。

というわけで、今回は4日間4キャスト、全ての公演ががたった1日だけです。
明日は小野&菅野組。
どんなキトリ&バジルでしょう。