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ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

新国立劇場バレエ団「パゴダの王子」(1)初日:日本バレエの金字塔

論外な今更的記録ですが、せっかく原稿だけはあったので、上げときます。
内容はもう書いた当時のままで(笑)
相当アチチです(笑)
今の状態で書き直そうと思えばできないこともないけど、これはこれでいいや、と投げたり。
でも心に強く印象に残ってる舞台って、4か月たっても覚えているもんですね。





新国立劇場バレエ団「パゴダの王子」。
今回は6月12日初日、14日のマチネ・ソワレ、15日千秋楽を鑑賞しました。
新国のバレエ団のレベルを引き上げ、日本人のバレエのおもしろさ、独特さを教えてくれたビントレー監督任期最後の公演です。

●ビントレー監督の贈り物

「『パゴダの王子』『アラジン』を新国立劇場バレエ団のために作り、両作品とも英国のバーミンガム、『アラジン』はアメリカのヒューストンやシカゴでも上演されたが、やはりこれらの作品は新国立劇場バレエ団のものであり、また観客の皆さんのものでもある」

これは12日公演終演後のビントレー監督のお話ですが、多分この言葉が今回の公演の、そして「パゴダの王子」すべてを表していると思います。

着物の衣装や浮世絵の背景、妖怪やタツノオトシゴ、さらには毛ガニといったゆるキャラたち。
日本文化や日本のメンタリティを随所に取り入れた日本のバレエを、ビントレー監督は残してくれました。
そしてこれをメンタリティの部分までしっかり演じることができるのは、本家たる新国だと、やはり思うのです。

また「パゴダの王子」という作品自体は英国の20世紀の作曲家、ベンジャミン・ブリテンの音楽をもとにこれまでも英国の名だたる振り付け家によって舞台化されたものの、今一つ評価の芳しくなかったという歴史があります。
ビントレー監督はこれを新国立劇場での監督を引き受けた際に、成功させようと考えていたとのこと。
日本に来て見た歌川国芳の展覧会で長年暖め続けていたプランに具体的なイメージがわいたところ、あの日、日本であの震災を経験したことも含め、一気に形になったという話です。

初演は2011年――あの年の秋でした。

英国で生まれた「パゴダの王子」は、元々の恋人話から兄妹と父親の家族の話に設定し、家族と国の再生というメッセージを込めた日本へのオマージュ、日本文化をベースにしたファンタジーとして「再生」されました。
あの年に、日本へのエールをこめて。

ですからまさにこの作品はビントレー監督の贈り物です。
バレエ団はこの贈り物を生きた芸術として育て、また観客はサポートしていっていこそ、永遠に残る「名作」となり、ひょっとしたら100年後は「古典」といわれる作品になる(かもしれない)としみじみ感じました。

●ビントレー監督トークショー付きの初日

さて。

初演は2011年のあの年だったという背景もある「パゴダの王子」ですから、当時は見る方としてもかなり“異常な”精神状態でした。

それから3年を経て再び会うこの作品を、見るまでは果たしてどう感じるのかという期待とともに、一抹の不安のようなものも抱いていました。

開演ほぼ駆け込みでしたが、開演前の舞台で手品やパフォーマンスを披露し客席と絡む福田道化を見た瞬間に感じる「ああ、パゴダの舞台に来たんだ」というほっこり感はいいですね~。
この道化が開演前から幕がおりるまで、地味ながらずっと舞台を支えています。
すてきな役です。
ファーストキャストは福田君ですが、初演時の元祖道化の吉本さんとはまた違った、福田道化的味わいでパフォーマンスで客席を笑わせています。
オケピも巻き込んでいます。
Kマークのスマホでここぞとばかりに写真を撮りまくる道化、どこかにUPしろよ、と思ったりw

で、パゴダ。
やはり傑作です。

監督の思い、「共に作った」という新国ダンサーさんたちの思いがこめられているし、やっぱりなにより、ともかく面白い。

あらすじ等は特設サイトをご覧いただくとして。

初演時に「どうよ」と思っていた部分がそんな気にならなかったのは細かいところで変更等手が入れられていたからでしょうか。
4人の王もエピーヌが滅んだと見るや、いきなり牙をむいて襲いかかってくるあたりの豹変ぶりも見事です。

そしてダンサーさんたちの熱のこもった踊りはもちろんのこと、キャラの台詞が聞こえてきそうな演技はさすが新国!としかいえないですね。
この踊り+αの演技力が、どれだけ新国の舞台を奥深く、面白くしていることか。
またそれぞれのキャストがそれぞれに考えて役を作っているから、どの同じ演目でもキャストによってぜんぜん違う面白さがある。
実にダンサーの層が厚いです。

舞台セットも英国世紀末田園風のモチーフをあしらった額縁のなかに日本の歌川国芳にインスパイアされたという浮世絵のモチーフの背景の美しさとエキゾチックさ。
着物をベースにした衣装はやわらかくて上品な、優しい和の色です。
原色テラテラの赤や紫といった、「外国人の見た日本の色」とは明らかに違う、萌葱や桜、浅黄に渋茶といった和色です。

また歌川の浮世絵から出てきたような着ぐるみの妖怪さんたち、ラブリーなタツノオトシゴに怪しく美味しそうな毛ガニといった生き物たちの愛らしさは、日本人の「ゆるキャラ」文化のツボをつきまくっています。
しかもその「中の人」にはプリンシパルクラスもいるという贅沢さ。
「しっかり踊れる人」がゆるキャラ軍団の中に入ってることで、彼らが余計生き生きと、キュートに見えるのですね、きっと。
しかし一体、特に新国の男性陣はこの舞台で何役やってるんだろうと思いますが。
奮闘です。

2幕、深海のシーンで前回の半魚人が毛ガニに変わっていましたが、この毛ガニがまた怪しくていや~んという感じで、なにげに動きがエロくていいです。
おカマの毛ガニみたい。
ビントレーさんの居酒屋へのオマージュ…なんて考えすぎかもですが、こっそりウィットをしのばせる人だからなぁ。
「居酒屋 巴醐駝」なんて想像してしまいます。

またガムランをオケで再生するというブリテンの野心的な音楽を生で聴く機会なんてまずありません。
そんなこんなで見所聞き所豊富な舞台は、休憩含め3時間弱の3幕舞台があっという間でした。

踊りの方は、「この2人をイメージして作られた」というファーストキャストの小野さん(さくら姫)と福岡君(王子)で、実に凛と芯の通った兄妹です。

普段姫&王子で踊るダンサーさんが主演を恋愛を抜いた「兄妹」で演じるというのは、これはよく考えてみればかなり難易度が高いのではないのでしょうか??
マイム等々、愛情表現の演じ方がいつもと――つまり身体に染み着いている「姫&王子」とは違う訳ですから。
手を差し出す仕草一つとっても、普段の「王子」じゃいかんのです。
お兄ちゃんでなければならない。
一つ間違えば禁断の恋(笑)で、逆にイヤラシさ炸裂になってしまう。
実に難しいですね。

でもそこはさすが小野&福岡で、絶妙な距離感です。
小野さんもメイクが恋人姫の時より地味目で、さくら姫の素朴さがかえって強調されていい感じです。

この2人、特に2幕のパゴダの国の王子登場から記憶の場面は特に素晴らしかったですね。

兄ちゃんがさくら姫の肩に手をかけて「記憶」を指さすシーンがあるんですが、この時の仕草と眼差しが実にインパクト大。
一瞬の指さしで「お兄ちゃん」なんですね。
肩にかける手も妹に対するもの。
愛情あふれる、「この時を」待っていた兄ちゃんです。

そして美しすぎる「記憶」のシーン。

子役の兄妹の動きと今の兄妹の動きがシンクロして、トカゲが実は兄だと気づくシーンですが、これが最高に美しい。
おそらくこの「パゴダの王子」屈指の、名場面のひとつです。

兄ちゃんにとっては自分を覚えていてくれる人、頼みにできる人はまさに皇帝であるパパとさくらちゃんしかいないんだ、と改めて思わせられますし、そう思うと実に泣けます。

さくらの花にまつわる、兄と妹の絆と幼い頃の「汚れのない」記憶です。
実に幻想的です。
残像が残るような、4人の戯れる踊りが実に美しい。

そしてそこをつん裂くように割り込む湯川エピーヌです。
王子をトカゲに変えてしまう魔女です。
悪役炸裂です。
だけどなんとなく余韻を残すような退場が実に味わい深いのが湯川さんならではでしょうか。

這って舞台を駆け抜けていくちびトカゲが痛々しいです。
道ばたで人間に見つかって「ひゃーっ」と逃げてくリアルトカゲを思い出しますが、ともかく、悲痛です。
あんな小さな子がトカゲに変えられて何年、なにを思って生きてきたんでしょうね…(T_T)
パゴダの女性(まんまバリニーズ)や妖怪さんたち、謎のパゴダ人となにを思って生きてきたんでしょう。
お兄ちゃん、…すごくつらいキャラです。

だからこそ、さくら姫が真実を知った今が復活の時なわけですなぁ。

人間に戻ってエピーヌを追い出した喜びのパドドゥは幼いときに離ればなれになってしまった兄妹が、失った時間を取り戻そうとするかのような、若々しくパワフルで、実に愛おしい場面です。
喜びが炸裂する兄ちゃん。
寂しくても一歩一歩踏みしめ生きてきた孤独な姫が得た安らぎ。
お父ちゃんでなくても泣けます。
お父ちゃんなんてもっと泣けるでしょう。

そのお父ちゃんたる皇帝の山本さんがまた気品があり、実に皇帝。
富士山のてっぺんで病んでいたって気品があります。
3幕は特に病み、(惚れていたであろう)皇后の真実、死んだと思っていた息子との再会、復活と威厳等々、実にめまぐるしい心理状態を演じなければならないのですが、この山本皇帝は実にひしひしとその心の動きが伝わってくる。
素晴らしいです。

山本さんは昨年のドン・キホーテでもしみじみ思いましたが、この人はいわゆる「立ち役」の認識や存在感を変える人ではなかろうか。
それほどまでに演技と存在に深みがある。
王子として新国を引っ張ってきた時代、また怪我等々の苦労や若手の台頭といろいろな経験を積み重ねた山本さんだからこその味わいです。
山本さんはやはり新国の先輩として、大いに舞台と歴史を作っていると感じます。

魔女皇后の湯川さんは、とにかく存在が大きい。
有無をいわさぬ威厳と力に満ちあふれ、そのオーラが放つ魔力をもってして東西南北4人の王を丸め込んだ感じです。
4人の王の誰かとの結婚話を毅然と断るさくら姫に、湯川エピーヌの平手打ちが飛びますが、この初日、実に「パーン!」といういい音(泣笑)が劇場中に響きわたりまして、近くに座っていたオジサマが思わず「おお!」と声を上げていました。
気持ちわかる。
絢子ちゃん、マジ痛かったのではなかろうか。
湯川お姉さまの本気です。

その4人の王はロシアっぽい北の王が八幡君、中国というか弁髪の東の王が古川さん、スターズ&ストライプスの西の王がマイレン、アフリカンで初演時毛がぼうぼうだった南の王は模様入りスキンヘッドに変わり、演じるのは貝川さん。

特にゆったりくねくねと柔軟性(笑)をいかんなく発揮する東の王の古川さんが、なんというか夢に見そうな不思議炸裂というのか、実にインパクト絶大。
妖怪君たちのフィギュアは今でも切実に所望しておりますが、この4人の王+エピーヌのフィギュアもなかなかいいんじゃなかろうか。
フィギュアだと生々しいから、4人の王に関しては3頭身ミニマスコットでもいいですね(^_^)

●監督ミニトーク

12日は終演後に今期この「パゴダの王子」公演をもって任期満了、退任となるビントレー監督のミニトークが行われました。
終演夜10時頃にもかからわず、1階席はほぼ満席だったのではないでしょうか。

またビントレー監督、壇上に登場するのかと思いきや、オケピ前でのお話。
中央前から3列目だったので、ほぼ正面でお顔を拝見できたのはラッキーです。

トークショーはビントレー監督のお話の後、休憩時間に募集した質問状によるQ&Aという形で進められました。

お話はすばらしい4年間であり、新国立劇場バレエ団の監督として携われたことに誇りを感じている。
この4年間でダンサーはすばらしく成長し、この「パゴダの王子」で主役デビューをする若いダンサーも次々と育ってきている。
新国にいる間に「パゴダの王子」「アラジン」という2つの作品をこのカンパニーのために振り付け、両作品ともバーミンガムや、「アラジン」についてはヒューストンやシカゴでも上演されたが、「やはりこれらの作品は新国立劇場バレエ団のものだ」といった内容です(かなりかいつまんでますが)。

またQ&Aは「新国でビントレー作品が見られるのか」「また新国に作品を振り付けてくれるのか」という問いには「はい」という答え。
「一番思い出に残る作品」はやはり「新国のメンバーと作り上げたパゴダの王子であり、それ以上に新国立劇場バレエ団が家族のように大切だ」というところでもう涙腺決壊でした。

デフォルトKYで肝心なときに仕事をしない新国広報&運営ですが、この機会を設けてくれたことには素直に、心から感謝します。