arT’vel -Review- : art × Travel/旅×アート レビュー

ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

マリインスキー・バレエ団「ロミオとジュリエット」(1):元祖ロミジュリと踊りの行間

11月30日、12月2日に「ロミオとジュリエット」鑑賞。 30日はシクリャーロフ主演の予定が、28日の公演で怪我をし、結局降板。 急遽大阪で踊ったシリンキナ&スチョーピンが登場。 また2日の公演は、往年のプリマ、ナタリア・マカロワさんをお招きしての公演ということで、それぞれに特別感がありました。

そして両公演ともスメカロフがティボルト役で登場しましたが、これがやはりさすが!というのでしょうか。 初めて見る解釈の、とても深く作り込んだティボルトです。 ロミジュリのティボルトってそんな踊る役じゃなく、その存在感が全てなんですが、やはりそういうポジションを見事に勤め上げていらっしゃる。 さすがアニキ、強烈な役作りであり、そのクレバーな個性に改めて唸ります。 この人を好きでよかったなぁ、ほんとに。

マリインスキーの「ロミオとジュリエット」はラヴロフスキー版。 有名なクランコ版、マクミラン版の大元になった、いわば原典ともいえるもので、プロコフィエフの音楽もこれのために作曲されました。 11月上旬に英国ロイヤルシネマでマクミラン版を、中旬にはシュツットガルトバレエ団のクランコ版を見ていますから、ほぼ2週間おきに3つの「ロミオとジュリエット」を見るという、非常に贅沢で恵まれた機会だったと思います。 マクミラン→クランコ→ラヴロフスキー…と見ると先祖帰り的な感ももちろんありますが、しかしこの作品ならではの特徴もあり、これはこれで面白いですね。 物語バレエの生まれる歴史を逆から見たような感もあり、実にいい勉強をさせていただいたとも思います。 そしてやはり元祖物語バレエ、行間が広く、ダンサーさんたちの独自解釈や役作りがものをいう場面も結構あるし、物語をつないでいく、カンパニーとしての結束力も必要とされるし。 バレエは「言葉を廃し踊りを使った演劇」であるなぁと、つくづく思わされました。

●11月30日/シリンキナ&スチョーピン

急遽登板のお二人。 シクリャローフが2日前の「愛の伝説」で怪我をし、そのまま降板。 私的にはシクリャローフのチケットはこの日のみなうえ、ティボルトがアニキ分のスメカロフなだけに、これは絶対いいぞ!と楽しみにしていたため降板は残念で仕方なかったのですが、でも怪我はしょうがない。 とにかく早くよくなって、また舞台に復帰してくれることを祈るのみです。

代打登場のスチョーピンはオーラはまだ弱いとはいえイケメンで品があり、マリインスキーらしいダンサーさん。 急遽の代打で調子があがらなかったのか、最初は影が薄くて大丈夫かなと思いましたが、その分スメカロフが炸裂!

事前にインタビュー動画を見たとき、まさかこれがティボルトの衣装??と目を疑うような、カラーつぎはぎパッチ極彩色の衣装に目の覚めるような赤毛。 インタビューによるとマリインスキーのティボルトは17歳くらいということで、年齢半分くらい若くならなきゃならないわけですが、この人にとってはそんなのどうってことないわけで。 何よりあの素っ頓狂な衣装が普通に似合うなんて、そんな人そういないだろう(笑) (余談ですが別日のクズミンのティボルトも非常にクレイジーだったそうで、見てみたかったなぁと思います)

剣術シーンも以前行った西洋剣術教室の師範の言葉がいちいち頭をよぎるほどで、しかも二刀流の剣士だ。 加えてこのティボルトはドラ息子ではあるが、良家の後取りという責任感がありクレバーで、剣士であり騎士であり、実に誇り高い。 大公登場で剣を納めよという言葉に、恭しく剣にキスして地面に置くところなんか、実に細かく計算して作っている。 それでいて大きな身体と長い手足を生かした大胆な動きに、キャラづくりは繊細で緻密。 このクレバーかつワイルドで、しかし品性は外さないというのが堪らない、スメカロフの魅力です。 ワガノワ卒エイフマンでの十数年の蓄積のうえにマリインスキーが乗っかって、さらなるステップに進んでいる。 この一風変わった経歴がまたスメカロフの味わいだし、醍醐味だわ。

ジュリエットのシリンキナはマリインスキーでは小柄でも、元気いっぱいのジュリエット。 かわいい。 ロミオとの出会いから恋を知るその表情が実に愛らしい。

とにかく行間が広い分、心の動きや感情はダンサーさんの解釈と演技力によるところが大きく、シリンキナはもちろん、登場人物すべてが言葉のその向こうの感情までみずみずしく表現しているのが実にいいです。 こういう「型通り」のさらに先を行って、しかし型をもってして舞台を深めるってのはね、プロの舞台だなぁと。

また後のインタビューであったのですが、ソ連という制約下ではロミオは品行方正な、きれいな王子でなければならない。 だからジュリエット宅の夜会に紛れ込むときも、三馬鹿と言うよりは二馬鹿の友人の懇願に応えて出かけていく、という筋書き。 三馬鹿好きとしてはちょい残念とはいえ、これもロミジュリという作品の「歴史」か。

夜会のティボルトがまたヒョウ柄の服で、どうしてこう似合うんでしょうね、アニキ(笑) ジュリエットをとっても可愛がっている傍ら、ジュリエットママと密かにアイコンタクトを取る辺りが隙がない。 忍び込んだ三馬鹿に気付きブチ切れそうになるティボルトと、そしてセルゲイエフ・マキューシオの小馬鹿にした軽快なステップが実にいい前振りです。

バルコニーは広々としていますがその分ロミオのジャンプはじめ動きも大きく、感情が伝わってくる。 いいです、徐々に恋を深めていくジュリエットの表情。

2幕の見せ場はなんといってもティボルトVSマキューシオ、ティボルトVSロミオ。 その前の結婚式は、ジュリエットのために百合の花でバージンロードを作って待つシーンが印象的です。 優しい王子様なのね、どこまで行っても…。

してそのVSシーン。 もう軽快なステップが実にいいセルゲイエフ。

そしてティボルトなんですが、こんなの初めて見ましたね、マキューシオを刺して「しまった!やっちまった!」と思うティボルトは。 これが17歳、ふてぶてしいおっさんティボルトとの違いなんでしょうかね。

ドラ息子とはいえ、良家のボンボンで後取りとしての自覚はあるから、大公のお達しを破る一線は越えてはいかんと分かってはいるわけで。 しかも(やっていることはともかく)誇り高い男ですから、ロミオが止めようとしている相手に「卑怯にも」剣を突き刺すというのは彼の美学にはあってはならんことだったのでしょう。

だから「しまった」であり、自分が許せないのでしょう。 ないまぜの感情、実にいい顔だ(^_^)

とりあえず家に入って気を取り直し、死者に対して十字を切る礼を払い、ロミオに「仕方なかった」と言おうとしたのか、でもその瞬間ロミオがブチ切れビンタかまします(リアルにビンタしてた)。 これ、スチョーピンロミオとアニキティボルトの本気の呼吸。 この瞬間、スメカロフティボルトから「ブチっ!」という音が聞こえたようでした。

そのあとのアクションが速いの何の! VSマキューシオは余裕の?一刀流でしたが、ロミオ相手には本気の二刀流で向かっていきます。 しかもロミオに刺された後は腰の短剣を抜いて切りかかっていく執拗さ。 最後まで剣士であり戦士であろうとするのか。 緻密な計算と大胆な動き、この頭と身体の連動は見事……! そして床にバウンドするようにぶっ倒れる、これを渾身の演技と言わずして何という。 痛そうだ…(>_<)

もう2幕までスメカロフアニキが引っ張った舞台。 圧巻です。 後は任せた、というアニキの遺言(笑)が満ち満ちてますね。

ブラボーです。

そしてそれを引き継ぐ3幕の2人。 影の薄かったスチョーピンロミオが俄然輝きだし、2幕で盛り上がったテンションそのままに終幕へ。 丁寧で堅実な踊りに好感が持てます。 寝室のジュリエットが時折開くカーテンの向こうの背景がルネサンス絵画みたい。 一葉の画布から抜け出したようなシーンもあり、シンプルなのに美しい。 遠くでジュリエットを思うロミオのソロと、ロミオにジュリエットの死を告げにいくベンヴォーリオのシーンがあります。 ソ連時代のロミオはパリスを殺すことはできなかったそう。 毒を飲んで後ろ向きの階段落ち。 そしてジュリエットの短剣自殺と、2人の亡骸を見て和解する、キャピュレットとモンタギューで幕となる、こういうとこもソ連製かなと思えども、これはこれでいいかなと思えます。

シクリャローフ降板というアクシデントを、舞台上のダンサーさん全員が一丸となって結集させて作り上げた舞台でした。 スチョーピンは普通に、3年後は真ん中踊ってるに違いないわ。

 

長くなりましたのでマカロワ様降臨の12月2日分はまた後ほど。