arT’vel -Review- : art × Travel/旅×アート レビュー

ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

新国立劇場バレエ団「ホフマン物語」(1):越えられない悪魔の壁

新国立劇場バレエ団のシーズン開幕演目「ホフマン物語」。 10月30日、31日(マチソワ)、11月1日、3日鑑賞。

特設サイト http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/hoffmann/

キャスト表 http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/news/upload_file/1516_Hoffmann_cast.pdf

全キャスト3回鑑賞の予定でしたが、結局全日程5回を観てしまいました。 でも満足です。 派手で明確でグランフェッテ等々バレエ的な見せ場があるわけでもなく、ハッピーエンドの作品でもないけれど、染み入るように「ジワジワくる」というのがぴったりです。 こういう余韻のある作品と、その余韻をこねくり回す余地のある作品は大好きです。

お話はオペラで有名な「ホフマン物語」をベースにバレエとしたもので、でも登場人物等々は一部オペラとは違います。 でも、そもそもオペラ(その前に戯曲)も原作のE.T.Aホフマンの小説と全然変わっているからね。 小説は小説、オペラはオペラ、そしてバレエはバレエですな。

本当にざっくりとしたストーリーをまず語れば(詳細は後述)50~60代のホフマンが酒場で恋人ラ・ステラを待つ間、若い友人たちにせがまれ過去の3つの恋物語りを語る、というもの。 その場にはリンドルフ上院議員たる悪魔がおり、ホフマンの失恋にはすべてその悪魔が名や姿を変えて絡んでいる。

振り付けはスコティッシュ・バレエ団のピーター・ダレルで、マクミランと同時代の人というから、作品自体は40年くらい前のものです。

今回これを取り上げた大原芸術監督はダレルのもとでこの「ホフマン物語」と出会い、3つの恋物語りのオランピア・アントニア・ジュリエッタの全てを踊っているという、おそらく日本ではこの作品を一番よく知っているお方でありましょう。 また大原さん自身がこの作品に出会ったことで、バレエに対する行き詰まりを打破することができた、ということで、この作品に対する思い入れは相当なものがあるでしょう。 美術・衣装・照明に新国オペラで活躍されている先生方を呼んだという、ある意味肝煎り公演です。

その衣装、日本人が日本人に作る衣装は顔色とか体型とかが考慮されているうえ、さらに着る人物がそばにいるわけですから総じてよく似合います。 近年の新国新制作の中では比べようもないほどにいいですね(眠りも一部作り直してほしいわ)。

前置きが長くなりましたが、してその作品。

全日程通して主演のホフマンと悪魔、さらに女性4人の組み合わせでそれぞれに違った色が出ていました。 初演ゆえにいろいろ手探りなところもあり、これは回数を重ねたらどうなるのか、と思わせられるところもありますが、まあ舞台は基本一発勝負です。 今回はファーストキャストの福岡ホフマン&マイレン悪魔の感想を。 ホフマンに福岡君、悪魔にマイレン、ラ・ステラに本島さん、オランピアに長田さん、アントニアに小野さん、ジュリエッタに米沢さん、ホフマンの友人には八幡・福田・奥村というゴールデントリオと、もうこれ以上ないくらいの豪華キャストでした。

●トゲトゲホフマンのC'est la vie

福岡&マイレン組の上演は初日30日、31日ソワレの2回。 これまず日程がね、こんな連日じゃなくてもいいのに。 11月3日までやるんだから、せめて2~3日のインターバルはあげられなかったのかなぁと、まず思います。 後ろの方々もこなれて、うまく噛み合い始める前に終わっちゃった、というのがちょっと気の毒です。 そういうこともあってか、この組は豪華なキャストすげー!と、個々の力量のすごさを堪能するような舞台でもありました。

プロローグ 酒場の前で飲んだくれる初老ホフマン。 雄大君、初日は初老にも見えなかったのですが、2回目は通しでやった感覚もあってか、しょぼしょぼのオジサンに見えました。 でもすさみ切った気難しいオヤジって感じで、なんかトゲトゲしてます。 テーブルの上の黄色い眼鏡、トゥシューズ、十字架、がそれぞれオランピア、アントニア、ジュリエッタの象徴。

上手にホフマン、下手にリンドルフこと悪魔。 このマイレンの悪魔が座っているだけで非常に存在感があって、もうそれだけで呑まれるような雰囲気です。 さすがとしか言いようのない凄みがオーラ放っている。

3人の若い友人が福田・八幡・奥村。 のっけからの3人のソロがそれぞれ高技術の踊りで、こりゃあ彼らじゃなきゃいかんわ、と納得。 ダレルの作品、確かに腕使いが独特で、観ている者にはこんがらがりそうなんですが、しかしそれをものともせずにこなすところがすごい。 Angel Rの公演で福田君が不思議な振りをしていたのは、実はこの「ダレル節」だったのかと、改めて気づきます。 夏のこどもシンデレラで奥田さんが人形振りをしていましたが、機会を逃さず舞台で試すプロ根性(笑)

そんなこんなでにぎわう酒場前広場にスターのオペラ歌手、ラ・ステラが登場。 美人の本島さん、華やかです。 登場とともにぱぁっと場が華やぎます。 付き人の今村さんは黒いドレス。 ステラはホフマンにちらっと視線を送り、とりまきに笑顔で答えながらもホフマンにラブレターを書いて付き人に託すわけですが、これをリンドルフが横取りするわけですね。 付き人にお金を握らせて。 このときの今村さんの表情が実に絶妙で、彼女の表情でリンドルフが何をささやいているかわかるわけです。

結局ラブレターは丸められてポイされてしまう。 そうとは知らないホフマンは友人らにせがまれるままに、昔の恋話を始めます。

1幕 リンドルフはスパランザーニと名を変えて、なにやら人形を作っている。 助手の小口・高橋君らがいいです。 小口君の濃さはマイレンにも負けないし、また濃厚な2人を高橋君が程良く中和した感じになっているのがいいですねぇ。 この組み合わせは絶妙です。

人形オランピアは長田さん。 まあ人形振りがお見事で、まるで「ガラスの仮面」の劇中劇「石の微笑」の如く、表情も変えず、動きもカクカク。 ポワントワークもとても多くて、確かにこれは長田さんくらい踊れる人じゃないとなかなか厳しいなとも思いました。

人形の完成とともにパーティー開始。 ここのコールドの衣装がきれいでかわいいし、一人ひとり違うそう。 こりゃ踊っているダンサーさんたちも「私の衣装!」という感じで、テンション&モチベーションもあがりますね。

20代のピンクの上着のホフマン。 ピンク。 イケメン伊達男で女の子にモテモテ、という設定。 ホフマンはスパランザーニに渡された魔法の黄色い眼鏡でオランピアを女の子と勘違いし、惚れてしまいます。 ……あまり惚れてるようには見えなかったのが残念。 楽しそうに踊ってはいたけど。

ホフマンが「この子が彼女!」と得意気になり、どん引きのお客たちの前で眼鏡がはね飛ばされ、人形が壊されていく。 お客たちの嘲笑の中、ひとりがっくり崩れ落ちるホフマン。 結構残酷。

2幕 ピアノを習っているホフマン。 ピアノの先生でアントニアのお父さん役の輪島さんがいいです。 素敵です。

いたずらっぽそうな笑顔を浮かべた絢子アントニア登場。 ホフマンとは相思相愛のラブラブで、アントニアの方が積極的にアタックするお嬢様です。

心臓病持ちの娘を心配する輪島パパ、「いや、気持ちは分かるがとにかく娘が心配だ」というビミョーな感じがよく出ています。 優しいパパだ~。

マイレンは今度はドクター・ミラクルとして登場ですが、最初っから怪しいし、パパも不信感いっぱい。 ドクター、催眠術でパパを追い払い、アントニアにも術をかけますが、そこに至る絢子姫の表情がとてもいいです。 恐怖と不信感。 しかし術中に落ちてしまうわけですが。

そして2幕、アントニアの夢……というか幻影のシーン。 バレリーナを夢見るお嬢様の見る夢は、チュチュの古典的なグラン・パ・ド・ドゥです。

このシーンが実に美しくて、ドレープのかかった白いカーテンにライトが当たって、オーロラのように色を変える。 これは本当にお見事で、「幻影」にふさわしい夢のシーン。 これだけでも見る価値あるってくらい、美しい。 絢子姫アントニアの夢に出てくる王子はホフマンです。

衣装が黒ベースなのは「死」の影も盛り込んだ、ということですがそれがまた効果的。 とくに絢子姫のヴァリエーションは可憐で、哀しい。 夢で、催眠術にかかりながらもかすかに正気が残っているかのような虚ろなところを行き来している感じもあり、このまま死んでもいいというような凛とした決意のようなものも感じられて、それがまた切なくて愛おしくて、ここが雄大ホフマンバージョンの一番の感動シーンでした。 もう見ていて心臓きゅんきゅんと掴まれて泣きそう。 オーロラのような光がまた泣きそう。 アントニアは全日程通して、初日の絢子姫が私的には最高でした。

幻影シーンのクライマックス、幻影の男性3人が登場し、さらにホフマン雄大が登場するのですが、さすがにここは雄大君の貫禄が炸裂した場面。 こういう場での踊りに関しては、やはり雄大君がトップだなぁ。

幻影が終わり自分はもう完治したと思いこむアントニア。 そこにホフマンが(なぜか)登場し、アントニアはピアノを弾いて、とせがむわけです。 アントニアの病を知っていますし、踊りながらやはり苦しむわけですからピアノなんて弾きたくないわけですが、そこを悪魔がピアノに押しつけるように、弾かせるわけです。 悪魔の魔力で弾かされる。 そしてアントニアは死ぬわけです、ホフマンの腕の中で。 悪魔に飛びかかったって、全然相手になりません。 悠々と去っていくマイレン。

雄大ホフマンはここでもう絶望のどん底で、「ジンセー終わった」くらいのドツボでした。

3幕 「ホフマンの舟歌」とともに始まるヴェネチアの娼館……ですが衣装が怪しすぎてもう魔窟。 その怪しい衣装を見るだけで目がいくつあってもたりない。 よくぞこんな衣装を作ったなぁと、感動的ですらあります。 つまり私的には超好みの舞台ビジュアルなのです(笑)

パンイチマントの池田君にスキンヘッドの輪島さん、謎のアラビア風小口君とか、秀逸なのは頭に花を乗っけたパンツ小姓の奥田君と渡邊君。 もうちっちゃなオカマの双子か、迷いこんだホフマンの足元でフトモモなでなでとか、上目遣いで見上げたりとかホホ摺り寄せちゃったり、ともすれば2人でなでなでしあったりでもう、怪しすぎるのなんの。 吸い寄せられますがな(^-^; 芸人見損なったよ、初日は。

マイレンは今度はダーパテュートなる魔窟の主。 そして魔窟の女王様がジュリエッタ、唯ちゃん。 2人で信仰生活に入った(らしい)ホフマンを力づくで落とそうとする踊りです。 なんというか、やっぱり黒鳥を思い出すんですが、ジークフリードのような初心な王子は小悪魔で落とせても、本気の恋を失って信仰生活に入ってる初老ホフマンは小悪魔では無理だったか……。 いや、小悪魔でも落ちそうではあるんですが、ホフマンはむりか。 最後はホフマンが根負けした感じ。

そしてジュリエッタに落ちたことで影を取られてしまい、十字架で撃退……って、吸血鬼かい、というツッコミも方々で見られ、私もそう思いましたが、まぁ魔窟だし、奴ら人間じゃないわ。 多分ジュリエッタだって人間じゃないのだわ。 そうだよね、だって悪魔のアジトなんだろうし。

エピローグ 語り終えたホフマン。 すっかり荒んでしまったトゲトゲしい雄大ホフマン。 ステラが出てくるのを待つのですが、リンドルフにお酒を奢られヘロヘロ酔いどれ。 舞台のはねたステラが出てきても泥酔しているうえ、彼女はリンドルフが捨てたラブレターを見つけ、リンドルフと去って行きます。 ホフマン、4つ目の恋も失う。 黄色の眼鏡、トゥシューズ、十字架にさらに加わった赤いバラの花。 これも人生であるか。 常に肝心なところで跳ね返される、越えられない悪魔の壁にまたも阻まれた男の物語……でしょうか。 C'est la vie……と言いたくなるような、そんな幕切れでした。 大昔のアンハッピーエンンドのフランス映画を思い出したわ。

セカンドキャストの菅野&貝川バージョンはまた後ほど。