arT’vel -Review- : art × Travel/旅×アート レビュー

ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

新国立劇場バレエ団「白鳥の湖」:新国の十字架的難作

新国立劇場バレエ団「白鳥の湖」、13日昼間の米沢&ムンタギロフ組だけのつもりが、セカンドキャストの脇の方々がおもしろそうだったので同日ソワレの小野&福岡組を追加。 さらに直前になって、長きに渡って新国の重鎮であったベテラン、隊長こと大和雅美さんが今期をもって登録ダンサーに移行という情報が飛び込んできたものだから、千秋楽の長田&奥村組も追加してしまいました。

1回でも十分だと思っていた牧版白鳥を3回も、結果的に全キャスト制覇してしまったなんて、どれだけ馬鹿だよ自分。

でもやはり新国ダンサーさんたちはすばらしく、ディベルティスマン、コールドに小芝居にいたるまで隙がなく、若手も一層成長し、ベテランはコブシの効いた味わいで、この調和が実によい。 また真ん中を踊るプリンシパルはこの難作に正面から向き合って、なんとかこのストーリー破綻甚だしいプロダクションを、つじつまの合うものにしようとしている。

踊りはもとより、ストーリーの表現力が抜きんでているこのバレエ団に、まっとうなストーリーのプロダクションであればもう無敵じゃないかと思うのですが、この牧版白鳥はまさに「受難」としかいいようのない重い十字架の如くこのバレエ団にのしかかかる(しょーもないがゆえの)難作です。

ダンサーさんたちが真摯に向き合い、この難作をそれでも何とかしようとすればするほど、救いようのない粗がどんどん浮き彫りになるこの白鳥。 白鳥の泥沼(苦笑) もちろんこのプロダクションで、でもいいものにしようという努力があるから、一層新国のみなさんの表現力が成長していくのでしょうが、それにしてもどんなに踊っても、根幹の演出が破綻している以上、絶対舞台としてパーフェクトにはなりません。 むなしい…。 早く変えてほしい。

というわけで、キャスト別に。

 

●直球ストレートの純愛ストーリー

13日マチネ、米沢唯&ワディム・ムンタギロフ組。 この回はTVが入っていたので放送あります。 6月28日(日)深夜24時(29日0時)、BSプレミアムシアター。

http://www4.nhk.or.jp/premium/

 

で。 変化球の多い唯ちゃんですが、この日は打って変わってストレート直球です。 これも唯的変化球だろうか??

とはいえプロダクションが(しょーもないゆえの)難作ですから、ゲストのワディムと短期間で細部まで、これをつじつまの合うもににするにはこの形にならざるを得なかったのかも。

純粋な、王子への気持ちがまっすぐ、ひたすらまっすぐ伝わってくる白鳥でした。 時には白鳥の方が熱いくらいに。

またワディムも純朴でナイーヴで誠実な王子。 純粋故に騙されるという展開で、彼はゲストとして、白鳥の王子像を忠実に演じてくれたと思います。 てかゲストにこの難作白鳥を3日程度で理解し掘り下げろっていうの、無理がある。

結果もう純愛小説のような、白く混じりけのないこれ以上ないほどのピュアな世界です。

そして相変わらずロートバルト(牧版表記、演じるのは貝川さん)が勝手に死にます。 4幕で白鳥と王子の和解のパドドゥがいつの頃からかカットされてしまっているから(もっというと2幕の「真実の愛だけが呪いを解く」というマイムもカット)、勝手に和解して、ロートバルトも勝手に死ぬ。 眠い。 本当にこの4幕の振付&演出、頭使ってないのか頓珍漢なのか。 この作品を駄作難作にしている最たる部分だと思います。

でもダンサーさんは絶対的にすばらしいわけです。

唯&ワディムの真ん中はもちろん、道化の八幡君はエレガントなキレに表現力、マイム、テクニックすべてが絶品で、もう道化役としては日本一。

またパドトロワの池田君、ナポリの原君は先のトリプルビル以降、目に見えて成長しています。 踊りが大きく柔らかく滞空時間も長い池田君に、にこやかなスマイリーキャラに一層魅力がかかってきた原君。 池田君は緊張してたのか、見てるこっちまで一緒に緊張してしまった(笑) トロワが終わった後、王子と杯酌み交わすマイムが「あぁ~おわったぁ~よかった!」的にがぶ飲み(?)っぽくて笑えました。 緊張してたのねw

本島&井澤、堀口&林田のスペインはゴージャス。 特に本島&井澤は美女とイケメンで目が吸い寄せられます。 チャルダーシュの大和&マイレンはさすがベテランとしかいいようのない、コブシの効いた味わいですし、マズルカも小口節全開の小口君、やっぱりセクシーな宝満君等々、見どころ満載でした。

 

●王子の挑戦

小野絢子&福岡雄大組。 とにかく雄大君が王子として、この難作をどうにかしたろうという気概を持って挑んでいたのが印象的でした。 雄大王子は何度も見ていますが、今回特に、正面から挑んでいたのではなかろうか。 なんだか新国男子トップとして、プリンシパルとしての責任感すら伝わってきて、その姿勢が実に感動的でした。 頼もしくなった。

またその雄大君の考えを絢子姫がしっかり受け止め、互いに作り上げている姿がまたいい。 正直絢子&雄大は何度も組んでいて、もういいよ的な感じもありましたが、こういうわけのわからないプロダクションをなんとかつじつまの合うものにしようと思ったら、意志疎通の図れるペアがいいのかもです。

雄大君が特に出そうとしていたのは(パンフレットにもありましたが)王子の心の変化と成長。 だから小さなマイム一つひとつにも絶対気を抜かない。 弓矢をもらって子供のようにはしゃいだり、クーペの踊りのあたりからだんだん寂しげになっていったり。 白鳥との出会い、結婚式の時はオデットのことしか考えてない。 でも黒鳥に心奪われ、でも一瞬疑いのまなざしを向けたり、4幕で湖に向かうとき、一瞬(自分が誓いを破ったということからか)躊躇すれども、やはり自分の気持ちに正直に、(勇気を振り絞って)湖に向かうという辺りなんか、非常に細かかったです。

輪島ロートバルトが眼力の効いた鋭さがあり、このロートバルトの振り付けがもっとしっかりしていれば……と残念でなりませんでした。

スペインはトロワを踊った池田君が登場。 非常に弾けたノリノリのスペインでこれも見事でした。 奥村君のナポリも明るくて爽やかでいいですね。 小口君がマズルカのほか、1幕のワルツにも登場していたのですが、相変わらず濃い、セリフの聞こえてきそうな小芝居で、またふっとみると正面にいるもんだからつい見てしまいます。 楽しい人だ、ほんとに(笑)

 

●千秋楽はさよならとともに

千秋楽の長田&奥村組。 長田さんは盤石の安定感。 このところ新人やら若手の台頭やらで、立ち位置がビミョーで、なんとなく自信なげな感のあった奥村君ですが、休憩の終わった3幕から、というか王子のヴァリエーションあたりから「おっ!?」と思うほど顔つきが変わり、実にすばらしい、自信に満ちたヴァリでした。 美しかったですよ。 つま先までしっかり伸びてて、実にきれい。 何かを掴んだのかな?と思うような、「がんばれ!」と心底応援したくなるような踊りだったのが印象的です。 奥村君らしい繊細なキャラは他にはいないので、いいところを伸ばして頑張ってほしいです。

またこの日限りの古川ロートバルトが実に良く、終始クールでワルいロートバルト。 最後の破綻4幕も王子と戦い、「倒されて」死んでいきました。 これは古川さんの力です。 昨年の唯ちゃん白鳥、先の雄大王子同様、ロートバルトも演出以上のことをやらないとまともな舞台にならないとすれば、まあほんとに「難作」としか言いようがないです。 ダンサーさんの自主的演技力に負うところが実に多い。 古川さん、最近出番が減っているけど、こういうのを見てしまうと、もっと出してくれ、といいたくなります。

そしてこの日は隊長こと大和雅美さんの(ひとまず)お別れ舞台。 小さい四羽の白鳥、チャルダーシュ、4幕のコールドで登場されました。

小四羽が実にすばらしく、4人の息の合い方といい踊りといい、長いバレエ鑑賞人生でこんな完璧なの見たことあったか!?という素晴らしさでした。 マイレンとのチャルダーシュもますますコブシが効いてて、4幕のコールドが終わり、カテコで並んでいる顔は「終わった~」という感じは見えども、まだ余力を残しているかのようで、なんというか、鉄人です、やはり。 この隊長率いるコールドがもう見られなくなるのは寂しい。 お疲れさまでした、と同時に、やはりまた新国に戻ってきてほしい人です。

というわけで、今シーズンも終わり。 ダンサーのみなさん、本当にお疲れさまでした。 来シーズンは「ホフマン物語」で幕を開けます。 かなり力の入った、おそらく大原さんが芸術監督にならなかったら取り上げることのなかった作品だと思います。 こちらも期待しています。

最後に、6月13日公演の放送予定をもう一度。 6月18日(日)深夜24:00(←29日0時です) BSプレミアムシアター http://www4.nhk.or.jp/premium/ 難作白鳥ですが、踊りは本当にすばらしいです。

ちなみに後半は新国「シルヴィア」。 前芸術監督ビントレーさんの作品で主演は絢子&雄大。 ほか古川さん、今は新国教師の吉本さん、先の「こうもり」公演で引退された湯川さん、八幡&福田等々、こちらも見どころいっぱいです。