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ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

ウクライナ・グランド・バレエ「Swan Lake on Water ~ついに、ほんとうの水を得た『白鳥の湖』~」が伝えるメッセージとは

2023年8月10日~13日、東京国際フォーラム(東京・千代田区)でウクライナ・グランド・バレエ「Swan Lake on Water ~ついに、ほんとうの水を得た『白鳥の湖』~」が上演された。よく知られた古典「白鳥の湖」を、水を張った水面で踊るというエンタテインメント・バレエだ。どんなものか、わざわざ踊りにくくすることになんの意味があるのかと思ったが、終わってみればウクライナからの真摯なメッセージが切々と訴えられた舞台だった。

©️Leandro Facundo




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バレエ団はウクライナ侵攻の最前線、ハルキウ

鑑賞したのは2023年8月10日初日。水の上でバレエを踊る意図など、とにかく事前情報が公式サイトにあるレベルでほんとうに希薄。ダンサーの事前インタビューといった記事なども見当たらず、「なぜ水上で踊ろうと考えたんだ」という、このバレエの根幹である部分も疑問符のままである。行けば何かわかるかと思いきや、プログラムもなければキャスト表もないというありさま。

とにかくバレエ団やダンサーについて事前に分かっていることは、「ウクライナ・グランド・バレエ」はウクライナ東部の街、ハリコフ(ハルキウ)・オペラ・バレエのソリスト、イリナ・ハンダジェフスカーとアナトリー・ハンダジェフスキーが中心となって立ち上げたこと、パンデミックから続くウクライナ侵攻により世界中に散ったダンサーを集め、再結成されたバレエ団であるということだ。ハルキウといえばウクライナ第2の都市でロシアとの国境に近い、いわば今でも最前線の街。そういう情報を聞いてしまうと、どうしても頭の片隅に「それでも頑張って踊っているダンサー」というバイアスがかかってしまうのだが、これは見たままを好きに解釈するしかないのかと思った次第である。


小4羽×3組と黒鳥男子で目が覚める

はたして肝心の舞台はといえば、これが物語的にも非常にオーソドックスな古典踏襲の「白鳥の湖」。ダンサーは総勢約40名ということで人数が限られることからか、道化や家庭教師はおらず非常にごっつい体格のすでに王様のような王子に、スリムなベンノ的王子の友人が物語を牽引する。背景は全てプロジェクションマッピングで、パドトロワで噴水が突如吹き上がるといった仕掛けだ。

噴水ショー交じりの1幕が終わり、2幕はいよいよ水上の舞。背景は森の中。水面の波紋が反射しつつ、独特の幻想的な世界観を醸す。オデットの登場で紗幕に白鳥の映像をかぶせるのは、これは反則というのか、この白鳥から人への変化を歴代のオデット役は必死に工夫して練習を繰り返して表現に苦慮してきたのだろうに、デジタルで一瞬で処理しちゃうかなー……。

そして、うっすらと水が張られた舞台で踊るわけだがオデット以外は裸足だったり靴下らしきものだったりテーピングだったり。ぴしゃぴしゃと水の音が響く中で、オデットだけはほとんど音を立てずに踊り切るのはさすがであり、この人は陸上でもしっかりしたパフォーマンスを見せてくれる人ではなかろうか。

とはいえオーソドックスな物語展開であるうえ、どうしても予算不足が否めないプロジェクションマッピング背景、水上の舞という制限による重さと音楽のテンポダウン等々でかなり睡魔との戦いにはなっていたのだが。

4羽の白鳥が3組、計12人登場したことで「はぁ!?」となったうえ、大きな2羽の白鳥が黒鳥男性8人の踊りとなっていて、これで完全に目が覚めた。
黒鳥ボーイズの衣装は例の男スワンのアレを黒にしたような感じなのだが、この黒男性はどうしたってロットバルトの手下だ。これは4幕に何かが起こるのか、こういうのはもしかしたら見たことがなかったかもしれない、という驚きとともに3幕へ。


クライマックスは瓦礫のハルキウ。「それでも生きるよりほかない」

3幕の物語は引きつづきオーソドックス展開。花嫁候補もみんなお揃いの烏合の衆が6人。スペインも闇落ちではなく普通にディベルティスマンのひとつである。王子のヴァリエーションはチャイコフスキー・パドドゥの男性ヴァリエーションの音楽、オディールのヴァリエーションはボリショイのバージョンのもので、時たま吹き上がる噴水ショー以外は別段凝った仕掛けや展開があるわけではなかった。

でも1幕もそうなのだが、ダンサーの振付は総じて派手な振付は封印し、大人しい動きになってはいるが、足のあげ方一つにしても優雅だ。スカートのふわっとした広がり方は品があるし、きっとこんな有事でなければ皆さんそれなりに実力のある方々なのだろうなと思わせられるし、踊れるという喜びも感じられる。やはりダンサーは舞台で呼吸をしてナンボなのだなと思わせられた。

そしていよいよ4幕、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか。どういう展開になるのだろうと思っていたところ、まず背景のプロジェクションマッピングが、2幕とは明らかに違う枯れ木の湿地からうっすらと煙の上がる瓦礫の山らしきものであることに、心臓が止まりそうになる。

うわぁ……これは抽象的ではあるが、ハルキウか……??

瓦礫の廃墟を背景にロットバルトと王子&オデットの戦いが展開され、王子が黒鳥ボーイズを打ち負かす。しかし戦いのさなかでオデットは倒れ力尽き、王子は渾身の力を振り絞りロットバルトを倒すが、オデットは死ぬ。

ラストは倒れるロットバルトに中央にオデットの亡骸を抱き立ち尽くす王子。
戦いで愛するものを失っても、歩みを止めてはならないという、そんなラストである。

踊り続けられることは幸せだ。でも今踊っている彼らの足元にはどれだけの犠牲があったのかと思うと、本当に心が痛む。この悲惨な現状、今でも終わらない戦争のこと、この瞬間にも傷つき倒れ、失われて行く命があるのだということに、思いを馳せずにはいられない、そんな舞台だった。

大事なことは「より多くの人に見てもらうこと」

今回の客席は拍手のタイミングからして、バレエファンというよりは、普段あまりバレエを見ないような方々が多かったように思える。今もってなお、なぜ水上で踊らなければならなかったのか疑問ではあるが、しかし「ハルキウ・オペラ・バレエ」といって普通に踊ってもお客が呼べるかというと多分辛いだろうし、普通のグランド・バレエで総プロジェクションマッピングの背景というのも難しい。なによりこれは限られたガチなバレエファンだけではなく、よりもっと広範囲の人たちに見てもらう必要があるバレエだ。

そういう意味ではこれだけ古典スタイルを踏襲しながらエンタテインメント・バレエに仕上げるところは逆にお見事ともいえる。なぜ水上バレエでなければならなかったのかということについては、考え始めるといくらでも邪推できるが、普段バレエにふれたことのないお客様に純粋に楽しんでもらうという意味では、狙いは間違ってはいなかったのではないかと思う。

なお、この「Swan Lake on Water」は日本公演のあとルクセンブルクやオランダなどヨーロッパで公演し、来年2024年はパリでも公演が決まっているようだ。

 

livepeople.agency


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