arT’vel -Review- : art × Travel/旅×アート レビュー

ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

新国立劇場バレエ団「くるみ割り人形」:人はこれほど輝けるものか

●おそるべし「くるみ」

12月21日、新国立劇場バレエ団「くるみ割り人形」です。
この時期は多忙で平日はおろか休日も行けるかわからない状態だったし、発売時期も結構修羅場続きだったので、チケットは行けると決まったら当日買えばいいか、なんてタカをくくってたらもう凄まじい争奪戦。
くるみ、おそるべし。

ってか新国見るならこんな「くるみ」じゃなくて、もっといいプログラムがたくさんあるんだから、そっちも見てくれよ~!とチケット争奪戦の嵐のなかで叫びたくなったりもしたわけですが。

最初に言っておきますが、私は新国は好きだし新国のダンサーさん達も大好きですが、この「くるみ」の、特にストーリーや演出や一部衣装はほんとに早く変えて欲しいですわ。
「くるみのストーリーは知ってる」というお約束の前提で、苦笑いしながら見る「くるみ」です。
キャラを深く掘り下げる、とか厚みがあるとはとても言えないし、つっこみどころ満載です。

そういう「お約束」が前提ですから、初見の人にとっては「???」なわけで。

というのも初演時にバレエ初体験の知人を連れていったのですよね。
「くるみ」だから初心者向けかと思って誘ったんですが、本当に無謀だったとつくづく思いました。
「1幕雪のとこって三角関係?」
「クララはスルーにしても、雪とか金平糖とか、王子って結局誰の王子よ」
「結局クララ傍観放置プレイじゃん」
「ラスト赤い服のおっさんとか、ダサいしー」等々。
散々な言われっぷりでした(^_^;)

そこまで言わなくても…と言えないどころか、自分でもそう思ってたからフォローできない複雑な思いがありまして、以来この「くるみ」は誰も誘うまい、自分がダンサーさん達の踊りを見るため「だけ」に行くんだ、と心に決めています。
くるみ割り人形が王子になるところ、もう少しなんとかならんか」とか「金平糖の踊り中途半端で終わってるしー」とかね、もうねもっといろいろ出てくるわけですよ。
「スペインのあの貧乏臭い衣装はマジどうにかして」とか「アラビアといいつつエジプトが始まる前の、セットのゴロゴロ大音響はなんですか」とか。

ともかく、あれだけ踊りはもちろん、演技達者な方々がいてこの「??」だらけのストーリーと演出。
どれだけ新国の個性を殺しているんでしょう。

しかも「くるみ」というだけでこれだけお客が入るなら、もっとちゃんとした、今の新国にふさわしい「くるみ」をやってほしいもんです。

…とまあ、言い始めたら切りがないんですが。

でもダンサーさんを見たくて行ってしまうわけですし、そしてその期待を上回るほどに素晴らしい踊りを見せてくれるわけですよ、新国の方々は。
本当にすごいです。
ブラボーです。

舞台だけでなく、研修所の若い子達もサンタの衣装着てホワイエでいろいろサービスしてて、この日を盛り上げようとしているのも微笑ましい。
オフ日にこっそり子ネズミに紛れている小野絢子のおちゃめっぷりとか(笑)
花のワルツだってやっぱり美しいし、コールドはきれいだ。
ほんとにこれでストーリーや演出がまともだったら、そして2幕の華々しい宴のファンファーレを飾るスペインの衣装がもっと華やかだったら(←こだわる)、どれだけ素晴らしいクリスマスの夢舞台になることか。

●小野絢子さんの輝きっぷり

前置きが長くなりましたが。
この21日の舞台は主演が小野絢子さんで、王子が菅野さん。
クララが五月女さんで雪の女王が米沢さん。

そして絢子さんがもう素晴らしくて、彼女がすべて持ってった。
とにかく出てきたときのオーラがもうハンパないのです。
「どうしたらこれだけオーラを発することができるんだ!?」「人間が光輝くってこういうことか!?」と思わせられる輝き。
キラッキラ。
「目を奪われるとはこういうことなのね」というほどに、彼女から目が離せない。
持ち前の凛とした美しさに艶っぽさも加わり、そして威厳に満ちた存在感に品格、情愛と気品すべてが完璧に揃った女王様です。
いやもう素晴らしい。
圧倒されました。
絢子さん素晴らしすぎます。

王子菅野さんも、前に「火の鳥」を見たときも「顔つき変わった…?」と思ったのですが、やはり変わった感じがする。
プリンシパルに昇格して自覚が出てきたのか、自信が出てきたのか、美しい絢子姫を支える王子として、その輝きに負けちゃいられないという意識があったのか。

菅野さんは、派手さはないけど実直な優しさがありますよね。
グランパドドゥでパートナーが舞台袖に引っ込んでいくときに、おそらく本当に奥にたどり着くまでじーっと見守ってる。
シルヴィアのときも、ジゼルの時も、ほかの演目もずっとそうでしたし、今回もそうでした。
こういうふうに見守ってるのは、私が見ている限りでは新国では菅野さんだけです、今のところ。
パートナーに対して別け隔てなく、誠実です。

エレガントな山本さん、今はバーミンガムの厚地君のような華やかさ、キレに濃ゆさが加わりつつある福岡君(心のなかでカツカレーの王子様と呼んでる)、仔わんこのように溌剌とした魅力の奥村君と、いろんな王子が新国にはいますが、菅野さんはやっぱり実直さ・堅実さです。
ざっくばらんに言えば、そういう個性の強い王子陣にあって地味ではありますし、王子で彼氏というよりはお兄さんキャラです。

が。
ともかく顔つきの変わった菅野さん、おとなし目で一歩引いたようなところのあるところから、半歩くらい前に出た感じか。
そのさらに半歩、1歩がなんか楽しみです。
この人も淡々と踊りつつ、まだ完成形じゃなかったんだな、というのが今更ながらにわかり、なんか楽しみが増えました。

雪の女王の米沢さんもかわいらしい。
彼女はやっぱり出てきたとたんの、あの表情に私は和みます。
かわいいです。
腰が抜けそうです。
暖かな、異次元の世界へ「人」を送り出す、雪の女王…というよりはプリンセスかも。
あたたかみを感じる雪です。
高みでなはく、人のすぐ横、すぐそばにいる雪の精。
米沢さんらしいです。

クララの五月女さんもかわいいですね、小さくて。
元気いっぱいな無邪気なクララで。
でもストーリーを思うと、こんな大変なクララってないと思いますけど…。
世にたくさんある「くるみ」の舞台のなかでは、一番可哀想なクララかもしれません。

とにかく小野絢子の輝きに圧倒された21日。
山本さんがドロッセルマイヤーで、これがまた品とミステリアスな色気をたたえたドロッセルマイヤーですてきだったのですが、だからこそなおさら、最後に赤い服の髭じいさんにはなってほしくなかったなぁ(T_T)
山本ドロッセルマイヤーだったら、やっぱりくるみ割り人形から人間に戻った甥を抱きしめるようなドラマがほしいです。

というわけで。
「くるみ」は再度チケット争奪戦から始まった22日も観劇しました。
これはまた後ほど。