arT’vel -Review- : art × Travel/旅×アート レビュー

ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

新国立劇場バレエ団「ドン・キホーテ」:満足ではあった

新国立劇場バレエ団「ドン・キホーテ」、5月3日初日と8日千秋楽を見てきました。 総じておもしろかったし満足だし楽しみました。 でも同時に何か物足りなかった。 若手起用は大事なことですが、主役級ダンサーの当て所、機能していない登録ダンサー含めベテランの使いどころに対する疑問がやはり湧いてきてしまったからかもしれません。どうして山本キホーテを併用しなかったんだろう?? 手本がいる、というのは大事なことだったと思います。

それと同時に、抜擢された若手が「抜擢」というにも至らない「物足りなさ」を感じてしまったからかもしれません。 そういう起用をするスタッフのセンスの方が問題かもしれませんが。

以下日程ごとに。

●5月3日初日:米沢&井澤組

安定の唯ちゃんキトリに、存在感を増してきた井澤君。 ちゃんと床屋になれるのか、と思ったらやはりちゃらい大学生が最後は王子になったという感じでしたが、そういうキャラだからしょうがないか。 それにしても、リフト、サポートも以前よりは安心して見られるようになりました。

新国の舞台は隅々まで人が生きていて、目がいくつあっても足りないのがおもしろさであり、最大の特徴の一つだと思うのですが、この回は濃ゆい独特の味わいが魅力の小口君がお父さん! 唯キトリが出てるのに、どっちをみたらいいんだ~~ともうきょろきょろしてしまいました。 うれしいけど困るわー。

ガマーシュに菅野さん! いいトコのボンボン風で、やっぱりこの人はいい人キャラがにじみ出ます。 世間知らずの金づるボンという感じで、「金持ち→いいじゃん!」というストレートな小口パパとのキャラの噛み合いが絶妙。

町の踊り子に長田さん。 コケティッシュな雰囲気がかわいい。 そしてマイレンがエスパーダ! 大人の魅力で濃くていいですね。 さすがです。

闘牛士トレアドール)ですばらしかったのが江本さん。 つま先に至るまで美しく、音楽に乗って歌っているような踊りが本当に素晴らしい。 今日はパーフェクトだ、すごいなー、職人ってこれだよな、と感服し、また前回の公演で怪我で踊れなかった分まで楽しんでいたのかと思ったら、帰宅してご自身のFBで今期を持って新国を退団するというショックなニュースが記されていました。 ラストランに向かっての思いが込められていたのか、と思うと半泣きです。 こんなに丁寧に踊り、舞台に真摯な人がまたいなくなるのかと思うと寂しくて仕方ありません。 新国さん、もっとベテラン大事にしてよ! バレエ団の財産ってキャリアを重ねた人材じゃないですか? そうでなくても最近はろくに経験のない謎起用多発で、発表会か学芸会でもするつもりか?と思うこと多々なのに……。

話それました。 2幕はメルセデスに本島さん。 カスタネットに堀口さん。 間にマイレン・エスパーダを挟んでの三角関係、並んだだけでドキドキしますね。 この瞬間の立ち姿だけで場を表す力量がすごいです。

酒場、エスパーダがキトリに渡したバラの花をむしり取る井澤バジルがツボりました。 カスタネットの踊りの時に、闘牛士たちが音楽に乗ってテーブルをたたくシーンがあるんですが、ここが地味に好きです。 床を踏みならす靴音さえも音楽にするスペインの空気がわっと出る。 この回もよく響いていました。

そしてキトリを探す小口パパ。 ギター娘たちが「なんで私らもこんなことしなきゃならないの」って顔してたのが笑った。 スカートでキトリを隠す女の子たちを荒々しくも「退いてね~」、しかしキトリ友人には「おまえら、どけや!」という感じが小口風味っていうんでしょうか。 唯キトリと「こんにちわー」のところは妙に笑いました。 間が絶妙(笑)

そしてキホーテの夢、森のシーン。 新国さんの森のシーンはコールドが美しくて本当に好きです。 そしてこの回はキューピッドが鉄板五月女、そして森の女王が細田さん。 千晶ちゃん美しい~! 森の木々が重なって見えるような清楚さの中に女王の威厳をたたえる感じで、ポーズ一つとっても「森の女王」としての雰囲気が伝わってきます。 すばらしいです。

女王がしっかりと「女王」であるからこそドルネシアが姫として可憐に、しかし唯ちゃんテイストで気品ある姫に見える。 そして森の場をリードするキューピッド。 このドルネシア、女王、キューピッドの3者がトライアングルをしっかり描いてこそ、この森のシーンは美しいんです。

3幕はもう鉄板余裕しゃくしゃくの唯ちゃん。 井澤君は最後は完全王子でしたが、ヴァリの奥田さんも良いし、実に楽しいドンキでした。 3幕のキューピッドが矢を落としたらどうしようとハラハラするのは前回公演のトラウマですなー(笑)

●5月8日(日):千秋楽、小野&福岡鉄板ペア

この日大失態かましたのがオペラグラス忘れたこと。 貸し出しも全部出ていて、遠目から見ることに。 でも空間含めた全体像を眺めることで、顔や踊りが見えなくても、オーラや空気で舞台はわかるんだと改めて思いました。

小野福岡はほんとに鉄板です。 もうこのペア飽きたー、と思えども、出てくると感動させられるのは、この2人が舞台に対して真剣で真摯であるからでしょう。

そして全体の空気を感じて踊るような絢子姫。 さすがコールドもしっかりやってきた人は身体がセンサーですね。 真ん中に立って物語をリードする主演として、このセンサー能力は必須ですが、絢子姫はとくにこれがすばらしいです。

同じくセンサーがいいのが八幡サンチョ。 場を盛り上げようといろいろ気遣いながらこまこま動くところが甲斐甲斐しい。

雄大君は出てきた瞬間からもうバジル。 この役が大好きなんだな、と思うはつらつとした踊りです。 片手リフトも長いし、息の合い方がハンパなく、大技連発の演目では安心してみていられます。 1幕の大技リフトのときに、町の人たちが一斉にしゃがむのは絢子雄大ペアだけだっけ?? 唯井澤の時ってどうだったろう?? とにかく舞台一同が一斉にしゃがむところがすごく爽快で、一体感が伝わってきて、ぐっときました。

今回の超人気者奥村ガマーシュ。 ぼったまっぽい菅野ガマーシュとは全然違うアプローチをしてきていて、それぞれにいいのですが、この奥村君は愛らしすぎます(笑) オネエっぽいはずし方がとっても関西系というのか、同じ関西でも滑って外すのが味な雄大君とはタイプが違い、しっかりツボをついてくる。 演者としてもすばらしいです。 彼にはもっと真ん中で踊る機会を与えてあげてほしいです、本当に。

闘牛士に今日は小口君が入っていますが、彼はいればいるで、群舞がとても絞まる。 小口節効いてていいなぁ。

エスパーダ、2幕のドヤ顔は悪くはないのですが、サードキャストあたりだったら抜擢!がんばれー!という気持ちで見られたのですがね。 滑ろうが外そうが、強烈な残像を与えてしばらくTwitterをにぎわせた前回公演の福岡エスパーダはすごかったなぁ……。

キトリの友人、奥田&細田。 初日キャストはオペラで見ててものっぺらぼうだったのに対し、遠くからオペラなしで見ててもキャラが見えるから不思議。

酒場の給仕の男の子、井澤君かという噂がありましたが、なんと研修生だそうで。 先々楽しみなイケメン君です。

森のシーン。 絢子姫のドルネシアは大好きなんです。 ドルネシアの踊りって、こんなに可憐で清楚ですばらしかったのかと気づかせてくれたのは絢子姫でした。 今回また見られると思って楽しみにしていました。

キューピッドの広瀬さん。 絢子より大きいのはしょうがないけど、華奢ではつらつと子役ちゃんたちを率いるキューピッドです。 ただやはり、森の女王が一人で踊ってて、遠くから見てても、ぼっかりそこだけ穴が開いてて、幼稚でブラックホールのようで、森の女王、ドルネシア、キューピッドの三位一体の空気が全然できていない。 ドルネシアを生かすなんて論外。 この辺はそういう起用をするスタッフ側のセンスのなさも大問題ですが、「森の女王」という役には明らかに寸足らずで、続く3幕で本島さんが公爵夫人という立ち役だっただけに、はなはだ疑問が残ります。 大好きな森のシーンが穴あき状態にされてしまい超がっかり。

それでもほかのみなさんがしっかりプロですから、舞台は総じて満足ゆくものでした。 絢子はもともとテクニシャンじゃないですから、グランフェッテなんて「がんばれー」と見つめるわけですが、やるべきことをきっちりこなし、主演として舞台を完成させる絢子姫、お見事でした。 バレエダンサーは曲芸師ではありませんから、トリプルは二の次、三の次でよいです。

●追記:「ガマーシュ事件」

今回勃発した「ガマーシュ事件」。 キャスト表にガマーシュがない、キトリパパもない。 あり得ないですね、プロの公演として。 新国のスタッフはどれだけバレエをわかっていないんでしょう。 どれだけ客を舐めてるんでしょう。 キャスト表ひとつとっても、他のバレエ団の公演を見に行って研究していれば、こんなお粗末なことは起こりえなかったはず。 ついでに言えば長年舞台を務めたダンサーの退団にも、何のセレモニーもなし。 きっと我々ファンが、真ん中だけでなく「目が足りな~い」と言いながら、脇まで必死に見ているなんて、思いもよらないのでしょう。 もっと勉強しろ。

というわけで、次回は6月アラジン。 久々のビントレー作品で、新国のための演目です。 楽しみです。