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ライターKababon(旅行、旅行業、舞台芸術);旅と舞台(主にバレエ、音楽)についての覚え書き

新国立劇場バレエ団「ロメオとジュリエット」(1):女優小野絢子のすごさ

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10月29日、新国立劇場バレエ団シーズン初日、「ロメオとジュリエット」の初日、小野&福岡組で幕を開けました。

とにかく小野さんのジュリエットに圧倒され泣かされました。 正直前回公演の小野さんもすばらしかったけれど、舞台全体としてそれほど印象に深く残ってはいませんでした。 しかし今回の小野ジュリエットは、おそらく生涯忘れることはないのではないかというドラマ感、そして可憐なジュリエットでした。 2度目とあってもちろん深化していたのもありますが、やはり信頼を置くパートナーがいてこそ、安心して飛び込んでいけたのでしょうし、またあそこまでのびのびと、存分にジュリエットを生きられたのかと思います。

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初日ゆえ、後ろの方々に少し堅さがあり、舞台全体としては(千秋楽に向けて)エンジンをふかし始めたところ、という感は否めませんが、それでも小野ジュリエットは実に胸に迫るものがありました。 この物語が「やはり悲劇以外の何物でもない」という説得力を、小野さんから感じさせていただきました。 すばらしい。

●少女から女性への、5日間の疾走

とにかく少女から女性への変貌がすごい。 「わずか5日間の物語」と思うと、いかにみるみると変わっていったのか。

1幕の丸尾乳母(これがまたかわいい)と戯れるジュリエットは登場した瞬間「どこの女子中学生!?」という無邪気さいっぱいのはじけるような娘っ子。

貴公子感いっぱいの王子・渡邊パリスに(おそらく)頬は赤らめはするもの、恋、愛、結婚にはピンとこない少女が、ロミオと出会った瞬間、時間も世界もすべて違って見えるかのような、空気そのものを変貌させてしまう、その力。 主演の力のすごさです。 これをやれてこそ、主演。

中庭、そしてバルコニーのパドドゥはもう恋の歓喜ではちきれそうな恋人たち。 あの難しいパドドゥを余力を残して踊るかのような雄大ロミオ、体力無尽蔵!? 雄大ロミオは絢子姫をここまで踊らせた、というだけでもう存在意義ありです。 2人の笑顔一つひとつが文字通り、きらきらこぼれ落ちていくかのようです。 なんなの、今更ながらのこの初々しさ。

2幕の秘密の結婚式と悲劇。 結婚式、あれはジュリエットからアクションを起こすわけですが、そのときは恋をさらに燃え上がらせている娘。 ジュリエットの出番は少ないけれど、ここでジュリエットとしての芯ができあがっている、というのがわかる。 恋にひた走る娘、ジュリエットです。

そして3幕の寝室。 別れのパドドゥがまた切ない。 離れ難い切ない思いが今度は伝わってくる。

圧巻はそのあと。 もうパリスとの結婚も受け入れられず、しかし両親からは結婚を迫られ、唯一の味方だと思っていた乳母にもたしなめられる。 この「乳母の裏切り」の瞬間が強烈なターニングポイント。 ジュリエットにしてみれば、ここから完全に孤独になり、一人きりの、本当の戦いが始まるわけです。 そしてその流れ、「誰も味方はいない」という孤独な思いが全て、手に取るようにわかる。

若いジュリエットの、孤独な戦い。

ベッドに腰掛け、自分の意志を改めて確認し、決意するジュリエット。 表情ひとつ変えないのに、決意が見事に、ひしひしと伝わってくる。 このマクミラン版屈指の名シーン、こちらも固唾をのんで見つめてしまう。 そしてロレンス神父のもとへ駆けだしていく。 2幕の結婚の「勢い」が今の自分にとって真実であるとジュリエット自身が確信したからこそ、その唯一の希望へ向けての疾走が切なく軽やかにも見える。 悲しい、しかし懸命。

そしてその後の悲劇。 ロミオの死を知り泣き叫ぶ、絶望への急降下。 死者しかいない窟に響きわたるジュリエットの、絶望の絶叫が聞こえてきそう。 想像するだに、堪らなく痛々しい。 もうこの瞬間、こちらも溜め込んでたものが一気に決壊して本当にオペラグラスを持つ手が震えるほどでした。 強くあろうと孤独な戦いを始め、ロミオに逢うまでは泣かないと決意したかもしれない。 本当に強い人間なんていません。 どれだけ自分を奮い立たせ、唯一のはかない希望に賭けていたのか……。 これを悲劇と言わずして何というか……。

そして自決までの、決断の速さ。 何の躊躇もためらいもない。 この3幕のジュリエットの勢いと疾走感。 ひょっとしてこれは世界の舞台に出しても十分通用するジュリエットではなかろうかと、心底思いました。

●そして、味わいのある方々

キャスト表は上に上げたとおりですが、今回すばらしかったのがやはり本島さんのキャピュレット婦人。 あの2幕、嘆き悲しむあの名シーン、今は演技力や容姿ともども、新国では本島さんしかできないかもしれません。 こんな存在感出せる人はいません。 ぜひとも長く続けてほしいです。

そして初役菅野ティボルト。 菅野さんらしい品と誇りを湛えながらも、腹にいろいろたまっていそうなところがいいですし、彼特有の物腰の柔らかさもあって、本島夫人との関係も不思議と納得できる。 バレエマスターになられた菅野さん、また新しい扉を開いたようで、次は何の役なのか、とても楽しみです。

福田マキューシオは芸が細かいし、奥村ベンヴォーリオはいいとこのやんちゃ坊主風。 井澤君のケガ降板で全日程パリスを演じることになった、新国本舞台デビューの渡邊氏は貴公子ですし、一目会った瞬間からジュリエットに恋しているのがわかる。 いい人すぎる貴公子&ぼったまパリスで、別のパリスも見てみたいとは正直思いましたが、以外と難しい役ですし、井澤君の代わりはすぐに用意できなかったのかもしれません。 残念。 でもベンヴォーリオとパリスがシングルキャストっていうのは、あまりに芸がない。 奥村君もベンヴォーリオとパリス二役とか、そういうこともできたんじゃないでしょうかね???

3人の娼婦が長田、奥田、益田さんら。 長田さんの色気が見事で、存在感もあり、この人が引退するのは本当に惜しい。 こういう人達が長く続けてくれないと……というか、バレエ団が大事に引き止めないと、いつまでも舞台は学芸会のままで厚さが出ないんですけどね。 奥田さんも安定の役者っぷりに加え、びっくりしたのは益田さん。 こんなに弾けられる人でしたか! 意外な発見で、彼女は今後もちょっと注目して見てみようと思います。

マンドリンソリストが原君。 彼は軽やかですね。 あの高い馬跳びを軽々と越えていく。 馬跳びというか、首を下に傾けて立ってるだけですから、馬一台が170㎝以上はありそうなんですが、どういう跳躍力。 今回3回見ましたが、あの衣装が一番違和感ないのが原君でした(笑) ちなみにムックだの洗車機だのと言われたマンドリンの衣装は、ヴェローナのカルナヴァルに出てくるモンスターをモチーフにしているのだとか。

●キャスト表の最悪さ、営業スタッフのひどさ

ところでキャスト表ですが、今回から小冊子が無料で配られるようになったのはいいのですが、キャストがろくすっぽかかれていない。

昨シーズン、「ドン・キホーテ」のキャスト表にガマーシュが載っていない、ということで騒ぎになり、その流れで「今シーズンから無料小冊子を配る」ということになったはず。 こちとら、マクミランのロミジュリだし、後ろの町の人等々に至るまでキャストが載るのかと期待していたら、以前より悪くなった。

つまり何が問題であるかを全く!理解していなかったということですよ、あの黒服連中は。 呆れます。

3人の娼婦、ジュリエットの友人、マンドリンすらないわけです。 バレ友さんと一緒に幕間にいちいち聞きに降りていきましたが、帰りに上の写真の通り貼り出されていました。 相当に苦情があったと思われますし、苦情を言っている方々を何人も見ました。 当然だ。

そもそもこのマクミランの「ロミオとジュリエット」は細部の人々に至るまでしっかり計算されて作られているし、マクミランに限らず、舞台というのは後ろの方々に至るまでが「舞台」です。 こんな当たり前のことさえ言わなきゃいかんのか、という気持ちで書いていますが、真ん中だけじゃ舞台が成立しないのは当然のことだっていうのに、そもそもそういう当たり前のことさえもわかっていないわけです、スタッフは。

内容もストーリーは細かく書いてあるものの、バレエのプログラムとしてはどこの素人が作ったんだというもので、イヤーブック共々「私たち、バレエのことぜんぜん知りません」と堂々と公言しているような出来でお粗末すぎ。 こんなひどいキャスト表配るの、新国くらいです。

かねがねキャスト表含め、ダンサーに対する扱いがひどいと思っていましたが、ここまで根本的にど素人だったとは。 今回に限らず、とにかく黒服軍団はキャストを聞きに行ってもいつも「いつ変わるかわからないので」と言い訳ばかり。 「予定」としておいて変更があったときに張り出せば、よっぽど手間がかからないと思いますが、そういう当たり前のことができない。 黒服連中のなかにバレエを愛している人がいないのはもとより、バレエの「バ」の字も知らないし、おそらく自団のバレエ公演すら、ろくすっぽ見ていないのでしょう。 キャストを聞きに行ってもダンサーの名前すら読めず、間違える始末ですから。

とにかく黒服一同は「バレエ」というものを全くわかっていない、ということが心底確信できました。 おそらく我々がバレエを見るものとして常識、というつもりで上げている苦情も、何を言われているかわからないのでしょう。 本当に呆れます。

すばらしい舞台、すばらしい世界に出しても恥ずかしくないほどのジュリエットを踊った小野絢子、そして舞台でそれぞれの役どころを生きたダンサーさんたちとは対照的に、お粗末すぎる営業のど素人っぷりを晒しまくった初日でした。 この新国営業に対して言いたいことはまだまだ山ほどあるので、これはまた追々。

というわけで、次回は米沢&ワディム組。